"Drawing on Space" is a project that uses VR equipment as a medium to create drawings, treating space itself as a support.
In the history of art, painting originated as murals and later gained material independence through the form of tableau, which liberated it from specific locations. This shift allowed paintings to become movable objects, establishing the foundation for their current role as commodities in a system of ownership and trade.
Drawing on Space: Shibuya seeks to paradoxically grant digital drawings—characterized by their lack of physical mass and ability to appear anywhere—a sense of physicality by imposing the site-specific constraints of a particular location. This approach aims to redefine the digital drawing as a tangible entity within the realm of painting.
The 3D data of the drawings created in various locations around Shibuya incorporate textures and environmental sounds collected through research on the specific sites. By doing so, the drawings acquire the memory of the location and traces of time as their own matière.
When these drawings are re-placed and exhibited in the spaces where they were created, Drawing on Space transforms into site-dependent paintings, forging new relationships between the artworks, the spaces, and the viewers.
Ideal method and location of the experience
The ideal experience takes place at locations such as Shibuya PARCO, Dogenzaka, Hachiko Square, JR Shibuya Station, and the Shibuya Scramble Crossing. However, it is also possible to experience the work in alternative locations while recalling the memories and contexts associated with these sites.
「空間へのドローイング」は、VR機器をメディウムとして扱い、空間を支持体として描くドローイングのプロジェクトである。
美術の歴史において壁画から始まった絵画は、タブローという形式によって質量を与えられたことで特定の場所から解放され、移動可能な実体を得て、所有と売買を軸とする現在の形が確立された。
「空間へのドローイング:渋谷」は、質量を持たず、どこにでも出現させる事ができるというデジタルデータの特性を持ったドローイングに場所固有性という物理的制限を与え、逆説的に絵画としての実体を形成する試みである。
渋谷各所の空間で描かれたドローイングの3Dデータは、描かれた場所のリサーチを通して採取されたテクスチャや環境音を纏う事で、場所の記憶や時間の痕跡を自らのマチエールとして獲得する。
描かれた場所に再配置されて鑑賞される時、「空間へのドローイング」はその空間に依存する絵画となり、鑑賞者との間に新たな関係性を構築する。
体験方法・体験場所
「渋谷パルコ」「道玄坂」「ハチ公前広場」「JR渋谷駅」「スクランブル交差点」など、それぞれの場所での体験を理想とする。ただし、これらの場所に関連する記憶や文脈を想起しながら、異なる場所で体験することも可能とする。
Drawing on Space: Shibuya Station
空間へのドローイング:渋谷駅
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私にとっての渋谷はJR渋谷駅からスタートする。ただでさえ方向音痴なので、通い始めた当初は出たい所に出られなくてよく迷ったが、何度も通ううちに位置関係がようやく分かってきた。
渋谷駅の中で「空間へのドローイング」を実行するにあたり、事前に駅構内の混雑状況を観察し、駅利用者や駅員業務の邪魔にならない時間と場所を探した。そして見つけたのが新南改札からホームに降りる手前のスペースである。ホームから上がってくる人も少なく、最も通行が少ない時間帯として始発直後を選び、制作に踏み切った。
城下がドローイング中エスカレーターでホームへ降りていったのは事前打ち合わせはなく、城下の思いつきの行為だったのだが、できあがったドローイングがエスカレーターの形状をトレースしていて、本プロジェクトで試みている「サイトスペシフィックな空間へのドローイング」の概念を体現する結果となった。
工事中や仮設の箇所が多い駅構内では、緑と白の縞模様(おそらく「安全」を示す印)が施された保護カバーに、わずかなクッション材が仕込まれているのが興味深かった。その他にも、山手線の車両外装やホームの駅名表示、使い込まれた黄色い点字ブロック、埃が堆積した天井の網などのテクスチャを採取し、ドローイングの表層に取り込んだ。
(文:みふく)
Drawing on Space: Shibuya Station Front (Hachiko Family)
空間へのドローイング : 渋谷駅前(ハチ公ファミリー)
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渋谷駅のハチ公口付近は、昼間は待ち合わせをする人達、夜は街宣やビラ配り(地下アイドルやYouTuberなどが多いそうだ)の人々で大変混雑している。そのため、駅の壁面に設置されている大きな壁画(陶板レリーフ)の存在は、これまであまり意識することがなかった。
人通りの少ない早朝に「空間へのドローイング」を実行した際、ようやくレリーフをじっくり観察し、テクスチャを採取することができた。複数の秋田犬らしき犬が描かれており、「ハチ公ファミリー」というタイトルが付されている。資料によれば、「もしハチ公に家族がいたら?」という想定のもとで制作されたとのこと。原画は画家・北原龍太郎によるもので、1200点を超える陶板を使用し、クレアーレ熱海ゆがわら工房とクレアーレ信楽工房が共同製作し、1990年3月29日に設置された。
近くで見ると、犬たちの部分は半立体に近いほど厚みがある。緑色の陶板には大きな彫刻刀で刻んだような模様が入っており、遠目には草原のように見える効果を生んでいる。黄色い陶板はツルリとした仕上げ、赤い陶板はゴツゴツとした質感など、色ごとに異なる表情を持つ。こうしたテクスチャを「空間へのドローイング」に取り込んだ。
このレリーフと向かい合う壁面にはグラフィティやステッカーが多数貼られ、また剥がされる行為を繰り返すことで複雑な表情を見せている。それらもテクスチャとして採取し、ハチ公ファミリーの陶板レリーフとグラフィティを混在させたマチエールを持つ作品とした。
なお、2025年1月15日にはハチ公改札の移設が発表された。今後、駅の構造や人の流れが変化することで、このレリーフのあり方や周辺環境も再び変容していくかもしれない。
(文:みふく)
Drawing on Space: Hachiko Square
空間へのドローイング:ハチ公前広場
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渋谷駅前のハチ公前広場での空間へのドローイングは、当初からぜひ実行したい計画の一つだった。ハチ公像は日本で最も広く認知された“サイトスペシフィック”な彫刻——特定の場所に深く結びついたモニュメント——の代表例なのではないかと考えていたからである。
日中はハチ公像の前には記念撮影をする観光客が長い行列を作り、夜間も街宣やビラ配りで混雑するため、今回も「渋谷駅前(ハチ公ファミリー)と同様、人通りの少ない早朝を選んでドローイングを行うことにした。
ドローイングを担当した城下によれば、ハチ公像の存在そのものがドローイングに影響するとは想定していなかったらしく、どちらかというと障害物のように扱っていたという。完成した作品は、結果的にハチ公像を中心に円を描くような構図になっており、場所固有の象徴が無意識のうちに描画へ反映されている点は興味深い。
現在のハチ公像は二代目であり、初代像は第二次世界大戦時の金属類回収で溶かされてしまったという。二代目の像は、初代像を制作した安藤照の息子・安藤士が、戦後間もなく銅不足の状況下で父親の作品を溶かし、1948年(昭和23年)8月15日に“平和の象徴”として除幕された経緯をもつ。
ハチ公像からは主に3種類のテクスチャを採取した。本体のテクスチャは、毛並みを表現するためか指跡が鮮明に残り、凹凸が大きい。ベースにあたる部分も同様に指跡が分かる荒々しい表面だが、微妙に風合いを変えている。本体と台座の質感を緩やかに繋ぎつつ、戦後すぐの渋谷駅前はこのように未舗装の地面だったのだろうか、という想像も働く。
前足は他の部位と明らかに質感が異なる。観光客が記念撮影の後に前足を撫でていくため、凹凸が失われ表面の酸化膜が取り除かれて、光沢を帯びた銅色となっており、摩耗による小さな穴も見られる。京都・北野天満宮にある臥牛像のように、参拝客が病気平癒の信仰から撫で続けてつるつるになった例があるが、ハチ公像の場合はそうした宗教的要素とは無関係で、単に親しみから多くの人々に触れられてきたのだろう。
ハチ公前広場は清掃が行き届いており、落書きやグラフィティはほぼ見当たらない。早朝にドローイングを行った際も、地域のボランティアの方とおぼしき人物が掃除をされていた。私自身、一度は吐瀉物を踏んでしまう場面があったが、毎朝丹念に片づけられることで、観光客を迎える空間が保たれているのだと改めて実感した。本像が観光客だけでなく、地域住民にも深く愛されている証左といえるだろう。
(文:みふく)
Drawing on Space: Shibuya Crossing
空間へのドローイング:スクランブル交差点
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「渋谷スクランブル交差点」は、Wikipediaによれば世界で最も有名な交差点だという。映画のロケ地やファッションショーのランウェイとして使用された実績もあり、交差点そのものが“観光名所”として広く認知されている。日中から夜にかけては様々な人種・年齢の歩行者が極めて多く行き交い、撮影やライブ配信をしながら横断する、スクランブル交差点を象徴する光景が見られる。しかし早朝は人通りがまばらとなり、「空間へのドローイング」を実行できる余地が生まれる。
今回のドローイングにおいては、渋谷での全ドローイングの中で最長となる線が形成された点が特徴的である。信号の青から赤への変化は意外なほど短く、横断歩道をほぼ一直線に渡り切る程度の猶予しかない。そのためVRゴーグルを装着して線を描く際にも、残り時間に合わせて小走りにならざるを得ず、自然と一本の長い線が生まれる形になった。
交差点周辺には多数のステッカーやグラフィティが確認できる。横断歩道付近の配電盤は、剥がされたステッカーの痕跡と新たに貼られたステッカーが幾重にも重なり合っており、ここが表現者たちにとって重要なキャンバスであることを物語る。また、足元の横断歩道そのものに目を向けると、アスファルトに塗られた白線が絶え間ない摩擦によって剥がれかけており、多くの人々の往来が生み出した“足跡のテクスチャ”を連想させる。こうした痕跡を“都市のテクスチャ”として採取し、本ドローイングのマチエールに取り込んだ。
さらに、屋外広告が非常に多い点も特徴として挙げられる。信号待ちの短い時間であっても、ビジョンに流れるCMやミュージックビデオの音声が絶えず耳に入り込み、結果としてこの場所特有の“環境音”を形成している。こうした音の断片もまた、ドローイングを構成するマチエールの一部となった。
(文:みふく)
Drawing on Space: Dogenzaka
空間へのドローイング:道玄坂
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渋谷駅ハチ公口から出てスクランブル交差点を渡り道玄坂を登っていくという経路が、この作品の制作の期間に通っていたスクールへの通学路だったため、自然と道玄坂が見慣れた坂道となった。とりわけ109前の交差点は、ピンク色の特徴的な外装や道路を行き交う無数の人や車、そして至るところに散見される落書き・グラフィティ・道端のゴミなど、常に視覚的刺激が強く、屋外広告やアドトラックの音も近く感じた。
早朝、道玄坂でのVRドローイングを実行しようとしたところ小雨が降り出したため、開店前の静まり返った109エントランスの軒下を借りて制作を行った。VRドローイングの実施と前後して日中にも何度か足を運び、美しい色合いのタイルや消費を促す広告、商品が並ぶ店先、コーヒーチェーン店の季節限定カップやたまごっちの空き容器が散乱する道端のゴミ、配電盤を埋め尽くすステッカーやグラフィティなど、多様な欲望の痕跡を都市のテクスチャとして収集し、屋外広告で流れる若いアーティストの歌声やメッセージ、アドトラックから流れる大音量のYoutube新番組告知や車の往来音などの環境音を採取した。
テクスチャ採取の最中、ドブネズミにも遭遇した。人間中心の“商業の坂”と捉えていた道玄坂にもこうした生き物が確かに息づいており、単なる消費空間ではないある種の生態系を孕んでいる。
これら採取したテクスチャを、Unityでドローイングのマテリアルとして設定する際には、ほかの場所よりもsmoothness(滑らかさ)を強めに調整するのがしっくりきた。きれい/かわいい/汚い/楽しい/辛い——そうした多様な要素をピカピカの“コーティング”で内包するような貪欲さを、この道玄坂という場所から感じた。
(文:みふく)
Drawing on Space: Shibuya Parco
空間へのドローイング:渋谷パルコ
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私にとっての渋谷は、JR渋谷駅から始まり、最終目的地としてパルコへ辿り着くイメージが強い。京都在住の私にとって、これまで渋谷は縁の薄い街だった。2022年にXR表現を学び始めてから初めてNEWVIEW DOMMUNEの番組観覧のために渋谷パルコを訪れ、その深夜、番組終了後のパルコ前で友人達とXR表現の未来を語り合った記憶が鮮明に残っている。こうした個人的経緯から、「空間へのドローイング:渋谷」は、JR渋谷駅構内から駅前、ハチ公前、スクランブル交差点、道玄坂(109前)を経てパルコへ至る一連の道筋に沿って、計6点のシリーズ作品として制作された。
パルコでのVRドローイングはあいにくの雨が本格的に降り出したため、雨を避けられる「ナカシブ通り」で早朝に実施した。城下によれば、天井がある環境下では逆に“高さ”を意識する線の構成が生まれたという。建物内外で採取したテクスチャは多岐にわたり、なかでも最もサイトスペシフィックなマテリアルとなったのは、旧渋谷パルコ時代のネオンサインである。五十嵐威暢のデザインによるこれらのサインは、リニューアル後の店舗にも地下1階、7階、8階フロアに設置されており、私のように渋谷に馴染みのない者でも認知していたアイコンだった。
館内には多様なテナントが集まり、国内外から訪れる客層も雑多である。そうした来店者の談笑や店頭での呼び込みによる声の奔流をVRドローイングの「マチエール」として取り込みたいと考え、シリーズ中でも最も多数の音を収録、ドローイングに付与した。
最終的に本作はNEWVIEW AWARDSのファイナリストに選出され、実際に渋谷パルコ内で展示される機会を得た。デジタルデータとして生まれた作品が場所固有の歴史や環境と結びつくことで、単なる視覚像にとどまらない“実体性”を獲得しうることを示す、という本企画の狙いが、まさにコンセプトどおりの展示場所を得られたことで一層強調される形となった。
奇しくも完成作品の撮影時、大学時代の恩師・田名網敬一先生のアートワークを使ったキャンペーンが実施されており、作品の真上にはそのビジュアルを掲げるフラッグが風にたなびいていた。思わぬ形で“空間コンピューティング”を通じた仮想的なコラボレーションが生まれたようで、個人的に非常に感慨深い体験となった。
(文:みふく)
Profile
Koji Shiroshita & Mifuku
An artist collective based in Kyoto, dedicated to pioneering the future of visual art through the fusion of art and technology.
Koji Shiroshita consistently investigates the "essence of painting" through series such as Completely Untitled, which employs the classical mediums of pen and Chinese ink to construct intricate compositions, and PICTURE, which interrogates the boundaries between painting and photography.
Mifuku, by contrast, engages in connecting traditional artistic contexts with XR technologies, as exemplified by Given: Marcel Duchamp, a work that reinterprets Duchamp from a VR perspective.
In their joint project, Drawing on Space, Shiroshita adopts VR as a medium, utilizing space itself as a canvas to introduce new physicality and dimensionality to the traditionally two-dimensional act of drawing. These spatial explorations are subsequently recontextualized by Mifuku into immersive XR installations, offering a multi-layered critique and expansion of visual art paradigms.
城下浩伺 & みふく
美術とテクノロジーの融合を通じて視覚芸術の未来を拓く事を目的としたアーティストコレクティブ。京都を拠点に活動。
城下浩伺はペンと墨という古典的なメディウムを用い細密な線の表現で画面を構成する「Completely Untitled」シリーズや、絵画と写真の境界を問う「PICTURE」シリーズなど、一貫して「絵画の本質」を探求の対象とする。
みふくはマルセル・デュシャンをVRの観点から捉え直した作品「Given: Marcel Duchamp」など、既存の美術の文脈とXR表現の接続に主眼を置く。
「空間へのドローイング」では、城下がVR機器をメディウムとして扱い、空間自体を支持体として描く事によって伝統的な平面に閉じ込められた「描く」行為に新しい身体性と立体性をもたらす。描かれたドローイングはみふくによって再構築され、XRを用いたインスタレーション作品として展開される。